マイストーリー

 

私が英語コーチになったワケ

 
 みなさん、こんにちは。
 英語コーチ、YOKOです。
 
 私は今まで20年以上、
 子供から大人まで英会話や英検、
 受験英語などを教えてきました。
 
 そして、
 さらに英語コーチとして、
 みなさんの一歩踏み出す勇気に
 寄り添い、
 共にゴールを目指していきたい!
 みなさんは、
 英語にどんなイメージを
 お持ちですか?
 
 ★外国人とでも緊張せず、
 英語をサラッと話せたら…。
 ★英語音声で映画をバリッと
 理解して観れたら…。
 
 でも、実際は、
 ■人前で正しく英語を 
 話せているか不安で話せない。
 ■いざとなると英語が すぐに
 出てこない。
 ■相手がなんと言っているか 
 わからないと、もう無理!
 となって、話題についていけない。
 
 もう、本当にすっごくわかります、
 その気持ち。 
 だって、私も全く同じだった
 からです。
 
 
 

第一章 

「私は英語ができない

日本人」


 
 私は日本の大学を卒業してから、
 アルバイトしながら
 TOEFLの勉強をし、
 それからアメリカのシアトルに
 留学しました。
 スタバの発祥地で、
 カフェが日本のコンビニくらい
 ある街です。
 
 憧れのアメリカ!
 4年間のアメリカ生活中、
 私は1度たりとも、
 ホームシックになったことは
 ありませんでした。
 
 小学5年生の時から、
 ずっと「私は留学する」
 と決めていて、
 夢にまでみたアメリカ生活
 だったからです。
 
 
 モチベーションもばっちり!
 
 最初、2ヶ月間の語学学校も経て、
 いざネイティブたちと同じ授業へ。
 
 緊張と不安が入り混じる中、
 わからない英語も
 沢山ありましたが、
 友達に聞いたり、
 先生や留学アドバイザーに
 助けてもらったりと、
 
 なんとか毎日の授業を
 こなしていた、
 ある日の事でした。
 
 それは、日本で言ういわゆる
 「国語」の授業で待っていました。
 
 
 そのクラスの先生は
 突然、私を指名し、
 クラスの全員の前で、
 分っ厚いテキストの音読を
 求めてきました。
 
 クラスに日本人は私ひとり。
 
 留学生である私が、
 どれくらいの英語力があるのか、
 きっと先生も
 知りたかったのでしょう。
 
 (これを書いている今も、
 あの時のことを思い出し、
 心臓がバクバクしています。)
 
 
 その場に立ちます。
 テキストを持ちます。
 その時点で、
 英語じゃなくても緊張。
 
 音読を始めます。
 緊張で声が上ずります。
 そして、わからない単語
 盛りだくさん。
 
 発音もわからなければ、
 もちろん意味なんて
 入ってきません。
 
 何度も何度も音読が止まり、
 その度に見かねた前の席の
 女の子が、
 振り向いては読み方を
 小声で教え、
 また振り向いては教え、
 
 もはやその声も
 小声ではなくなり…。
 
 教えられれば教えられるほど、
 
 恥ずかしさでさらに
 頭は真っ白になります。
 
 
 
 もう十分でしょ、
 早く終わらせてくれ!、
 と思うのですが、
 先生からのやめの合図は
 まだ出ず…。
 
 なんですか、これは? 
 
 公開処刑ですか?
 
 留学中、一番辛かった授業は、
 後にも先にも、
 その時のみんなの前での
 音読だったと思います。
 
 はい、もうすっかり落ち込みました。
 そのクラスで私は、
 「英語ができない日本人留学生」 
の刻印を押された、と。
 
 もう落ちこぼれ感満載で、
 英語に恐怖さえ覚えました。
 
 
 「私なんかが、ネイティブの中に
 入って授業を受けるなんて、
 無理な話なんだよ」
 
 「そもそも英語が好きってだけで、
 そんな、すっごい英語の成績が
 良かったってわけでも、
 英会話の練習をめちゃくちゃ
 積んで来たわけでもないし」
 
 そんな気持ちが渦巻いていました。
 
 あんなにワクワクして迎えた
 留学だったのに、
 授業に入るのが怖くなり、
 席もいつも後ろの方、
 大人しく発言もしない生徒に
 なっていました。
 
 
 しかし、その後、
 
 そんな私の英語恐怖症体験を覆す、
 
 大きな出来事が、
 
 別のディスカッションの授業で
 待っていたのです。 
 
 

第2章 

「Newspaper、

その一言が私を変えた」


 
 そんな私でしたから、
 英語で授業中に
 みんなの前で発言するなんて、
 もう一番避けたいことになっていた
 のは言うまでもありません。
 
 授業ではなるべく
 目立たないようにし、
 課題や提出物など、
 時間をかけて
 十分準備してよいものに
 力を注いでいました。
 
 そんなある日、カスタマーサービスに
 ついて話し合う授業がありました。
 グループで話し合い、
 意見をまとめなさい、というもの。
 
 
 出ました、私の苦手な
 グループディスカッション。
 
 はい、今回も目立たず騒がすで、
 話し合いが終わるまで乗り切れば
 いいでしょう。
 私は、そう高を括っていました。
 
 お題は、「いろいろな国のお客様が
 訪れるホテルの客室においての
 カスタマーサービスは?」
 
 『まあ、そんな難しいお題でもないし、
 ここはいつも通り静かに参加すれば、
 みんながベラベラ喋るでしょ』
 と思っていると、
 
 あれ?みんな、おとなしい。
 発言しない。なんで?
 別に難しいお題じゃないじゃない?
 
・・・・・

 うーん、はよ誰かなんか言わんかい!

 しびれを切らした私は、
 単語だけひと言
 
 「newspaper?(新聞は?)」
 
 するとどうでしょう。
 それを聞いて
 みんなせきを切ったように、
 
 「oh, in different languages?
 (お〜、いろんな言語で?」
 「How about magazines?
 (雑誌もいいんじゃない?)」
 
 てな感じで、盛り上がり始めました。
 
 そう、そのクラスは
 まだスタートしたばかりのクラスで、
 みんなお互いのことを
 知らないグループだったのです。
 
 
 私のたったひと言の
 「newspaper」
 でみんなの緊張が解けて、
 発言につながったというわけです。
 
 そう、私が発したのは、
 たったひと言の単語だけ。
 
 文章で答えたわけでも、
 難しい英語を連ねたわけでも
 ありませんでした。
 
 そして、何とここからが、
 私の英語人生を大きく変化させます。
 
 次のお題に話は移り、もう一度
 グループで話し合うことに。
 次はもうさすがに、誰かの発言から
 話し合いは始まりました。
 
 
 しかし、次の瞬間、
 その子が私に向かって、
 「How about you?(あなたはどう思う?)」
 と尋ねてきたのです。
 
 グループ全員が一斉に、
 “さっき一番に発言した子”
 に注目しました。
 
 そこには、
 英語が上手に話せるかとか、
 日本人留学生だからどうとか、
 そんなのは一切ありませんでした。
 
 みんな純粋に私の意見を求めてきたのです。
 私はまた何かひと言答えました。
 それから、その発言を元に、
 再び話し合いがどんどん広がっていきました。
 
 
 その時私は、明らかに、そこに
 
 「存在」していたのです。
 
 今まで教室の後ろの方で
 黙って授業を受け、
 そこにいてもいなくても
 同じだった私が、
 
 そのグループの中心として、
 話し合いを進める人物と
 なっていたのです。
 
 この時の衝撃は、
 今でもはっきり覚えています。
 
 私の中の英語への感覚が、
 変わった瞬間でした。
 
 
 そもそも、
 
 英語ができないとか、
 
 留学生だからとかも、
 
 私が1人で思い込んでいたことだった
 のかもしれません。
 
 たったひと言の
 
 「newspaper」
 
 この単語が、
 私のそれからの英語への
 向き合い方を大きく変えました。
 
 
 最終章へつづく
 
 
 

第3章 

「一歩踏み出す勇気」

  
 
 この出来事をきっかけに、
 私の人前での英語発言と
 授業を受ける姿勢が一変し、
 その後、現地でのインターンや
 就職にも繋がっていくのですが、
 それらのエピソードは、
 またの機会に。
 
 大人になると、
 自分の今までの経験上で
 物事を判断し、
 レッテルや思い込みが
 激しくなるように思います。
 
 子供の時よりも、ずっと、
 失敗を恐れるようにもなります。
 
 
 そして、立派な言い訳を作って、
 ぬくぬくと心地よく
 安定した空間から、
 なかなか抜け出せなくなる
 ものです。
 
 
 母が、私の小さい頃から言っていた
 言葉のひとつに、
 
 “ぬるま湯につかるな“
 
 があります。
 
 この言葉により、私は、
 みんながする事よりも
 自分の思う事を、
 楽な道より
 ちょっとチャレンジのある道を、
 自然と選んできた気がします。
 
 
 それに加え、私の「留学」
 という決断は、小学生の頃から、
 ずーっとワクワクしながら
 持ち続けていた夢だったので、
 そのモチベーションが
 枯れることはありませんでした。
 
 海外へと飛び出した勇気も、
 そのために頑張ったアルバイトや
 TOEFLの勉強も、
 
 子供の頃から「私は留学する!」
 
 と決めて疑わなかったその目標が、
 全ての根源となっています。
 
 
 そして夢だった留学を実際に体験し、
 色々な問題に直面し、
 私には、
 ぬるま湯につかり続けることのない、
 新たな目標が必要になっていた
 のかもしれません。
 
 Newspaperの一件以来、私の目標は、
 
 「とにかく発言する」
 
 「私の英語にではなく、
 私という存在に注目してもらう」
 
 「ディスカッションで感じた
 あの感覚を持って、
 私はこの学校を卒業したい」
 
 というものになっていました。

 
 そうです、教室の後ろで静かに
 ぬるま湯につかっていたところから、
 一歩踏み出せたことで、
 自信がついたんです。
 
 自分を自分で認めてあげることが
 できたんです。
 
 あの時の辛い音読の経験が
 あったからこそ、
 
 ディスカッションの経験が
 とても輝かしいものとなり、
 
 私の考え方と行動を変えました。
 
 
 
 今の私なら、
 
 あの音読で
 コテンパにやられた自分に
 寄り添ってあげられます。
 
 あなたは、その辛さを喜びに
 変えることができるのだよ、
 
 一歩踏み出しさえすれば、
 もうすでに一歩、
 目標に近づいているのだよ、と。
 
 
 
 大人になって、日々忙しくて、
 いろんなことを諦めたりしながら、
 二の足を踏んで、
 
 一歩踏み出す勇気が
 なかなか持てない…。
 
 世の中には、あの、みんなの前で
 音読をした時の私と
 同じような想いを、
 英語に関して持っている方が
 いるのではないだろか?
 
 自分の体験から、
 そんな方々と一緒に、
 私に何かできることが
 あるのではないだろうか?
 
 
 そんな想いが、私を英語コーチの
 道へと突き動かしました。
 
 そして、
 英語コーチへの挑戦もまた、
 私にとっては、
 一歩踏み出す勇気が必要でした。
 
 でも、一歩踏み出してみると、
 不思議なことに、
 自分の今まで気づかなかった
 パワーに気づくんです。
 
 できないと思っていたけど、
 一旦走り出したら
 案外できちゃうものなのです。
 
 
 それでも、やっぱり怖い、
 やっぱり不安。
 
 うん、大丈夫。
 そんなの当たり前です。
 みんな同じなんです。
 
 だからこそ、今度は私が、
 自分の体験を活かし、
 
 今まさに一歩踏み出そうと
 している方の勇気に寄り添い、
 
 共に入念な準備をし、ひとつひとつ
 できた事を喜び合いたい!
 
 ひとりじゃないよと伝えたい!
 
 そして、私にはそれができる!
 

 これが、
 私が英語コーチになったわけ、
 です。
 
 そこにひとつ、
 ぬるま湯に浸からない、
 自分が本当に望む、
 輝かしい目標を添え、
 勇気をもって
 自ら行動する。
 
 “newspaper” のようなきっかけは、
 
 いつも自分の手中にあるのです。

 

 心は、もう始めたい!と知っていはず。
 あとは、あなたの目標に向かって、
 一歩踏み出すだけです。


 Are you ready with me, now? 
 

 英語コーチ YOKO